小禄・田原字人移民105周年記念祝典日程

 陽春の候、皆様におかれましてはますますご健勝の事とお喜び申し上げます。日頃は、当会に対しましてご理解・ご協力を賜り心より感謝申し上げます。

 昨年に開催しました「世界のウルクンチュタバルンチュ歓迎・親善交流会」では、海外からの多数の皆様が郷里を訪問されました。今年8月20日、ブラジルにて小禄田原字人移民105周年記念祭が挙行されます。

 この度、ブラジル小禄田原字人会から移民105周年記念祝典へのご案内を受け、地元の字小禄、字田原では関係5団体による親善訪問旅行を企画致しました。

 ブラジル国の各分野で活躍されておられる小禄・田原ンチュ会の方々を激励、祝福し、末永く親善交流を図りたいと考えております。

 つきましては、趣意をお汲み取り下さいまして訪問旅行へお一人でも多くのご参加をお願い申し上げます。

旅行日程

旅行期間 2023年8月11日~26日

募集は終了しました。

小禄・田原字人移民105周年記念祝典への参加者募集

 陽春の候、皆様におかれましてはますますご健勝の事とお喜び申し上げます。日頃は、当会に対しましてご理解・ご協力を賜り心より感謝申し上げます。

 昨年に開催しました「世界のウルクンチュタバルンチュ歓迎・親善交流会」では、海外からの多数の皆様が郷里を訪問されました。今年8月20日、ブラジルにて小禄田原字人移民105周年記念祭が挙行されます。

 この度、ブラジル小禄田原字人会から移民105周年記念祝典へのご案内を受け、地元の字小禄、字田原では関係5団体による親善訪問旅行を企画致しました。

 ブラジル国の各分野で活躍されておられる小禄・田原ンチュ会の方々を激励、祝福し、末永く親善交流を図りたいと考えております。

 つきましては、趣意をお汲み取り下さいまして訪問旅行へお一人でも多くのご参加をお願い申し上げます。

旅行日程

旅行期間 2023年8月11日~26日
申込期日 2023年5月15日
旅行費 795,000円(2名1室・朝食付)
1名1室(12泊分)60,000円 追加

説明会

下記の日時に旅行会社(沖縄ツーリスト)さんが、今回の親善訪問旅行について、事前説明会を開催いたします。詳しい話を聞いてみたい方はぜひ参加お待ちしております。

日付 2023年5月10日
時間 19時
場所 小禄自治会館 1階和室

出発時期がお盆休みと重なるため、チケットの手配が困難になることが予想されており、参加申込期間が短く設定されております。パスポートの取得はお早めにお願いいたします。またパスポートの有効期限のご確認をお願いいたします。

これまでに参加した方の感想

  • 広報紙 2012/11/09
    広報紙 2012/11/09
  • 広報紙 2017/12/28
    広報紙 2017/12/28

在ブラジル小禄田原字人移民渡伯95周年記念祝典

発刊日:

在ブラジル小禄田原字人移民渡伯95周年記念祝典

高良政法:3班・三男ニシ大里

高良政法:3班・三男ニシ大里

今回、特別招待者として8月19日に行われたブラジルでの小禄・田原字人会移民95周年記念式典に参加いたしました。式典は、先亡者追悼慰霊法要からはじまり、国会議員や各代表の挨拶、これまで活躍された敬老者の表彰が行われました。式典終了後に行われた祝典演芸大会では、先人が残した立派な伝統芸能と、ブラジル文化をおりまぜた2世3世4世の踊りなどが行なわれていました。

このような伝統が継承されるには、日頃からの故郷への想いがあるからだと感じました。初日に訪れたビラカロンの会館では、ポルトガル語しか知らない若い人達が三味線を習う姿や、ウチナーグチ教室も開かれていました。そんな会館がサンパウロには、40以上もあるそうです。沖縄の字小禄では、

あまり聞かなくなった純粋なウルク方言や小禄文化、しきたりなど、温かいチムグクルが残っている事は、先人の皆様の残された素晴らしい功績だと確信しました。

翌日からは、字小禄・田原人会の経営されている多くの会社や企業を訪問しました。大陸と同様に桁違いの大きな企業や親族経営の会社まで訪問させて頂きました。経営者の方々と話をさせていただく中で、1994年までインフレ時代の体験を拝聴する機会がありました。

インフレ当時は大変だったが、模合などのウチナーンチュ独特の助け合いで資金調達し難局を乗り越えた話は特に印象深く残りました。その他に成功されている方々が共通している事は、家族や、親戚、門中、字小禄出身者、更にはウチナーンチュや、出会う人々を分け隔てなく大切にしている事だと思いました。

そんなブラジル社会でのウチナーンチュや日本人は信用と信頼が築かれていました。それも1917年にサントスに上陸された一世の先人方々が築き上げた事が基礎になっている事は、言うまでもありません。ブラジルでは、2年後はワールドカップ、4年後にはオリンピックを開催する予定で経済も上向き状態を迎える事になりそうです。今後は、沖縄からブラジルに就職で若い人達が働きにいけるようなグローバル時代がやってくる事も想定できると思います。ブラジルの字小禄・田原人会の皆様は、故郷に貢献できる事を考えているようです。沖縄の子供達向けの研修制度や新たな移民の為のシステムが出来る事を期待します。ブラジルがとても近くに思える様になってきました。今回、私を含め4名が、これからのブラジルとの交流の礎になるように行動していきたいと思います。今回の訪問の際に、人生観がかわる体験をいっぱいさせて頂きました。ブラジルで出会った方々やブラジル小禄田原字人会、会長の照屋マーリオ勇氏には、たいへんお世話になりました。心より感謝しております。

大きな驚きのブラジル派遣

高良康司:1班・佐久川

高良康司:1班・佐久川

以前からの念願がかない今回思いがけない形で初めての渡伯を果たすことが出来ました。

沖縄で何度か顔を合わせている在伯の親類とも、自分が長旅をしてあちらで逢うと沖縄で会うのとは違う感慨があり、さらに絆が強まった気がします。

とにかくあちらでの歓迎ぶりは想像以上で、移民の皆さんの故郷・ルーツである、沖縄・小禄に対する熱い想いが伝わってきました。

さらに、あちらでの会話で普通に飛び出してくるウチナー口やウルク言葉、また門中墓・トートーメー・火ヌ神・旧盆などの文化や風習が受け継がれていることも驚きでした。

また、今回わかって何よりも驚いたことは、ブラジルには沖縄にいるウルクンチュと同じかそれ以上の人数のウルクンチュが暮らしているということです。

また、数多くのウルクンチュが事業を起こし大きな成功を収めていることにも驚かされました。

そして今回盛大に行われた字小禄・田原からの移民95周年記念祝典でのブラジルのウルクンチュの団結力を目の当たりにし、準備の段階から本番まで幅広い世代が集い、目的に向かって共に進んで行くことができていることが本当に凄いと感じました。

私自身過去2回の世界のウルクンチュ・タバルンチュ歓迎親善交流大会に係ってきましたが、これ程の熱気があっただろうかと思わされました。

こうして見ると、現在の小禄では薄くなってしまったと感じる地縁・血縁・門中を中心とする人と人の結び付きがブラジルでは今も尚強固で濃く、これがこの様な行事の際に私達沖縄からの訪問者を圧倒する大きな力の源であると思いますし、できれば、我が字小禄も自治会活動を更に活発化(青年部及び30・40代の自治会活動の参加者の増加が必須)させたいものだと思いました。 

そして、もしブラジルに親類がおられる方には2年後のサッカーワールドカップと4年後のオリンピックに向けて発展しているブラジルに是非行かれることをお勧めしたいです。

次回の世界のウチナーンチュ大会にはブラジルからまた多くの方々が参加される様なので、こちらもあちらに負けない様な歓迎ができればと思っています。

また5年後の字小禄・田原移民100周年記念祝典には是非行きたいと思い、今から少しずつ旅費の積立を始めています。

ブラジル親善訪問に参加して

高良吉広:5班・仲天久小

高良吉広:5班・仲天久小

字小禄田原からの研修生4人は、今回ブラジル小禄・田原字人・移民95周年記念祝典および研修にご招待いただき、極めて貴重な経験をさせていただきました。

私は今回初めてブラジルを訪れましたが、ブラジル・サンパウロ空港に到着すると、歓迎の横断幕を持った字人会の方々に熱烈に歓迎していただき、異国の地でありながら、小禄に戻って来たかのような安堵感に包まれました。初めてお会いする方々ばかりでしたが、とても親しく接していただき、まさに「いちゃりばちょーでー」で、温かいもてなしに感激しました。

字小禄田原からの研修生4人は、今回ブラジル小禄・田原字人・移民95周年記念祝典および研修にご招待いただき、極めて貴重な経験をさせていただきました。

私達4人は、ブラジルで成功された方々の会社訪問から始まりました。現在特に化粧品店、金物店、スーパー等の分野において成功を収めており、成功の秘訣は、小禄・田原出身者間で情報交換を密にし、社会の需要を見出し、儲けそうな分野を探し、互いに競争しつつも共存できるように店舗を展開してきたことにあるようです。まさに「ゆいまーる」の精神が発揮されていると感じました。さらに話を伺っていると、日本人・ウルクンチュとしての、誠実さ・勤勉さも後押ししていると感じました。ブラジルはゆるやかな社会ですが、そんな中、お客様に対して誠実に商行為を行うこと、また従業員に優しくも不正が起こらない企業体制を作ること等により社会的に信頼され、ますます売上も伸びているようです。今後サッカーワールドカップやオリンピック等重要な行事が目白押しで、また人口も増加中で、ビジネスチャンスは拡大の一途で世界的な不景気を撥ね退ける勢いです。ブラジルは多様な人種で構成されており、差別が少なく、日系人にとっては誇りを持って仕事もしやすい土壌もあると感じました。また多くの方が、タナモウシ(模合)も非常に役立っていると話していました。特にインフレ時には力を発揮し、多くの方々が、起業や自宅建築の資金として活用できたそうです。

移民一世の方々は想像を絶する多大な御苦労をされたそうですが、世代を重ねた今では余裕のある生活をされている方が多く、字人会活動も幅広く活発に行われており、三線教室にも多くの若人が参加し、真剣そのものでした。エイサー教室も多くの子供たちが参加し、レベルも高いものでした。

特に印象に残ったことは、沖縄生まれの一世ではなくても、二世三世、四世の方でも、那覇空港に到着し沖縄を訪れると涙が出てくるということでした。「自分にウチナーンチュの血が流れていることを感じ、自分のアイデンティティーを再確認し、自分の基盤を確立して頑張っていこうという気持ちになる」とのことです。遠く離れていても皆さんの沖縄・小禄田原への想いは強く、私自身もウチナーンチュ・ウルクンチュとして誇りを持ちつつ邁進しなければと励まされた思いです。

今回の経験は筆紙に尽くしがたいほど感動的な出来事の連続で、まさに百聞は一見に如かずとの思いです。5年後には移民百周年祭が行われます。その際にも是非参加させていただきたいですし、小禄田原在住の多くの皆さんにも参加していただきたいと思います。異国の地でウルクンチュ・タバルンチュがこんなにも活躍され、また小禄田原の良き文化伝統を守り続けているのを目の当たりにするのは感動的であり、また励みにもなります。この機会を提供していただけたことを心より感謝申し上げます。

在ブラジル小禄田原字人移民渡伯100周年記念祝典

投稿日:

在ブラジル小禄田原字人移民渡伯100周年記念祝典

師走に入りまして肌寒い季節になりましたが、会員の皆様には益々ご健勝のこととお慶び申し上げます。

さて、去った8月26日から27日に亘り、在ブラジル小禄田原字人移民渡伯100周年記念祝典が盛大に開催されました。

字小禄字田原地域からブラジル移民は今から100年前1971年20家族39人の先陣に始まり、後続移民が多数移住しています。先陣達の移住後、現在に至るまでそれこそ想像も出来ない程、幾多の困難な事があったでありましょう。文化と言葉や気候、風土の相違等、苦難という言葉だけでは言い表せない程、厳しい環境の中をウルクンチュ・タバルンチュ特有の相互扶助の精神で以って、互いに援助し合い励まし合って、無事難局を乗り越えてこられた事と思います。今日のこの確固とした基盤を築き上げられた、先駆者や先輩方の強い忍耐と努力に対しまして心から敬意を表するものであります。

今や若い世代に入って政界、財界、教育はもとより、各分野に於いても目覚ましい御活躍をしていらっしゃることは、字小禄字田原の誇りでもあります。

このように先輩方が築いて来たこの豊かな社会を今後は2世3世4世の皆様が正しく受け継ぎ更に向上発展することを願って居ります。

字小禄財産管理運営会は、祖先の遺産並びに財産を管理運営すると同時に当該財産を基礎にして字小禄関係諸団体の会員の福祉の向上及び教育、文化の振興のため有効に活用し、もって字小禄の発展に寄与することを目的とすることから、私達は会員の福祉の向上と社会教育は青少年の健全育成を始め人材を育成して、字小禄自治会、那覇中央部字小禄人会、山下町字小禄人会、字小禄の門中、そして海外はブラジルやハワイをはじめ世界各国のウルク・タバル字人会と地元字小禄財産管理運営会が連携を密にして、いつまでも末長く継続発展をしていくためには、人造り特に国際的な視野を持った若い人材を育成したいと思って居ります。

むすびに、在ブラジル字小禄字田原字人移民渡伯100周年記念祝典を盛り上げるために地元の字小禄字田原から45名の皆様がご参加して頂き、ブラジルでは熱烈歓迎されております。

おかげ様できっと所期の目的が達成されたと思います。

また、8月と申しますと沖縄では夏真っ盛りでした。しかしブラジルは冬と聞いて居りますから寒かったと思いますが、ブラジルの自然と風景、伝統文化や歴史等、見聞をして新しい発見大きな発見が出来たと思います。また、招待者はブラジル社会を観察して頂き、資質の向上にもつながったと思います。今後は海外との親善交流の掛橋となる人材として頑張って下さい。

そして去った11月26日、ブラジルより那覇市への研修生(屋号:下門) 照屋ウーゴタケジさんの歓送迎会を盛り上げて頂き本当にありがたく感謝を申し上げます。

字小禄財産管理運営会 理事長 髙良太郎


字小禄田原のブラジル移民周年記念祝典に併せて小禄・田原と絆を深めていくために、ブラジル有志のご厚意で2012年、2017年(今年)、計8名の招待者を受け入れしていただきました。今年も募集した中から小禄から3名、田原から1名派遣しました。招待された字小禄の3名にブラジルでの感想を掲載いたします。

ブラジル派遣を通して

上原岳文:9班・入内間小(三男)

上原岳文:9班・入内間小(三男)

2017年8月18日から31日までの14日間、私を含む3人の招待者は、サンパウロを中心に、ブラジル各地を訪れました。日本の国土の約23倍という数字が表すように、ブラジルでの経験は日本でのそれとは全くスケールの違うものばかりで、毎日が驚きの連続でした。

ただ最も驚かされたのは、サンパウロの景観やイグアスの雄大さではありません。小禄田原字人移民から100年が経過し、3世・4世が中心的な世代となりつつある今日のブラジル社会においても、廃れることなく脈々と受け継がれてきた、彼らの沖縄に対する強烈な郷土愛です。私は方言をまともに話せません。三線を弾くこともできません。エイサーを躍ったのは15年近く前が最後ですし、琉球舞踊は踊りたいと思ったことすらありません。しかし彼らは、沖縄出身の私より遥かに沖縄の伝統や文化に熱心でした。沖縄から遠く離れたブラジルで、当然の様に繰り広げられる「うちなーぐち」での会話。沖縄でもなかなか見ることができないような伝統芸能の数々。沖縄からブラジルに行って私の中に芽生えたものは、楽しかったという高揚感やまた行きたいという好奇心よりも、沖縄の伝統や文化への無関心、つまり、自身のルーツに対する無関心への悔しさでした。

このような自身のルーツに対する無関心というのは、私個人の問題だけではなく、小禄の、延いては沖縄の問題とも言えるのではないでしょうか。数十年前まで小・中学校で行われていなかったエイサーや三線、旗頭が、今日では教育の一環に位置付けられています。これらは沖縄の伝統文化の衰退という問題を如実に表しており、そもそもこの問題の根源は、沖縄にルーツを持つ人々の、自身のルーツに対する無関心だと私は考えるからです。

この問題の解決策を明確に提示することは私はできません。ただ、今回ブラジルでの経験を通して何か行動を起こさなければならないと感じています。そこで、まずはブラジルでの経験や私が感じた問題点を身近な人に伝え、この問題に目を向けさせることから始めようと思います。ルーツへの関心を高めるためにすべきことは、この問題を個々人が考えることだと考えるからです。そして、1人でも多くの人が自身のルーツについて考える機会が増えればと考えます。

今回ブラジルに行きたかったけれど行けなかった方、そもそも行きたいと思ってすらいなかった方が、これを読んで少しでもブラジルやその他多くの国のウチナーンチュに興味を持ち、更には自身のルーツを考える一助となれば幸いです。

ブラジルに想いを馳せて

新垣志津江:1班・東リ前大屋小、二男の長女

新垣志津江:1班・東リ前大屋小、二男の長女

那覇空港で家族や多くの方々から見送られて23時間余・・・やっと着きました。ここは地球の裏側南米ブラジルサンパウロ空港。

いや~遠かった!今回の訪問は「ブラジル小禄・田原字人・100周年記念祝典」の栄えある招待者としての訪問です。

しかし、23時間余のフライトでも自分も含め皆さんバテバテなのに、100年もの昔の古(いにしえ)の先人達の偉業には想像もつかないほど感銘します。

勿論、当時は飛行機なんて物は飛んでいる時代ではなく、2ヶ月間もの長期間も快適とは程遠い船旅で安住の地を求めて旅立ったのではないでしょうか。

来る日も来る日も、見渡す限り果てしない大海原を航海し、船が赤道を超えたと知るや、皆がカチャーシーを乱舞したとの話しを後で聞いたときには、ウチナーンチュの生きることへの執着心の強さをあらためて知らされました。

それから100年、先人の志を受け継ぎ、ウチナーンチュ魂をブラジルのみでなく南米大陸全域に定着させた、2世、3世、4世の方々にも敬意を表したいと思います。

5年に一度開かれる「世界のウチナーンチュ大会」でもブラジルを筆頭とした南米の国々の参加者が圧倒的に多いのもその表れではないでしょうか。

そして、今回訪問して本当に手厚い歓迎を受けました。

大型スーパー経営者、建築資材店、金物店等々。皆さん初対面にも関わらず「イチャリバ、チョーデー」の精神で気さくに接してもらい、怖いくらい大きなスケールでもてなしていただきました。(本当にハンパではありませんでした。)

皆さんに「凄いもてなしですね!」と問うと、スーパーを経営しているAさんから「幼少の時にはとても苦労したけど、そんな苦労の中でウチナーのユイマール精神に助けられたんだよ!だから・・・」と熱い言葉を伺いました。

私たち沖縄に住むウチナーンチュが日頃失われかけて行く精神を地球の裏側で感じたことは、今回の訪問の大きな成果だと思います。

また、私事では親戚の叔母さんと数年ぶりに再会できて感無量でした。

最後になりますが、3歳と7歳の子供達を夫に任せて一人ブラジルへ行くのは大きな決断でしたが、家族の協力で参加できたことに感謝します。勿論、迷った心配より持ち帰った成果が遥かに大きいと確信します。

ブラジル移民100周年記念に参加して

高良海杜:3班・仲川端四男(幸吉・孫)

高良海杜:3班・仲川端四男(幸吉・孫)

今回「ブラジルの百周年記念の研修生」に応募したのは、海外にとても興味があったからです。今回のブラジル行きは、いろんな国を見てみたいと思っていた僕には、いい機会だと思いました。沖縄からブラジルまでは、なんと片道40時間かかりました。

行きの飛行機では、外国の人達に会うので、言葉は通じるのだろうか、ちゃんと喋れるだろうか、という不安でいっぱいでした。サンパウロ空港に到着すると、沢山の人達が出向かえてくれ、「ようこそブラジルへ」という横断幕があり、予想以上の歓迎に、飛行機の中で不安だった気持ちは一気に吹っ飛びました。みんな笑顔で、握手をしたり、抱き合ったりと、まるで家族のように出迎えてくれとても感動しました。

研修期間は、2週間で100周年記念の主催者のイサムさん達に、ブラジルを案内してもらいました。そこで、多くのブラジルに住む沖縄の人達が事業で成功している事を知り、県民の一人として誇りに思いました。

一番印象に残っているのは、イサムさんが大きな会社を経営していた事と、プライベートで持っている広大な牧場です。

次に印象に残っているのは、百周年記念祝典です。祝典では、エイサーや琉球舞踊などいろいろな出し物がありました。なかでもエイサーは凄い迫力でした。「みんな一年前からこの日のために練習してきた」と聞いてとても感動しました。そして、改めて沖縄の芸能文化のすごさに気づかされました。また祝典では、ブラジルの二世、三世の人達から うちなーぐちで話しかけられましたが、僕はうちなーぐちで返す事が出来ず、悔しい思いをしました。うちなーぐちも、また一つの文化だと思います。

今回研修を終えて感じたことは、沖縄の文化の大切さでした。今まで僕は、足元の沖縄の文化よりも、海外にばかり目を向けていたのですが、海外に目を向ける前に、沖縄の文化を深く勉強し、大切にしなくてはいけないと思いました。 

このような、すばらしい経験をさせて頂いたブラジルの人達に心より感謝しています。

在ブラジル小禄田原字人移民渡伯100周年記念祝典